BLUE-MOON RAY

石の話と、映画の感想を少し。


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アバター

先日見てきた、「アバター」の感想です。
すばらしい映画でした!!
下半身不随の元海軍兵士・ジェイクは双子の兄の代わりに、惑星パンドラへと旅立ちます。
そこには高度な知能を持ち、自然と共存する人間に似た「ナヴィ」と呼ばれる異性人たちがいます。

人間たちは、貴重な鉱石を手に入れるため、また、惑星に存在しているたくさんの植物を研究するために地球からやってきているのですが、原住民・ナヴィとの交渉が難航していました。
そこへやってきたジェイク。あるきっかけからナヴィと共に生活していくことになります。

パンドラの中で自由に動けるよう、人間とナヴィの遺伝子を掛け合わせた肉体を自分の脳波(なのかな?)とシンクロさせるのですが、ジェイクはいとも簡単にその肉体を操ってしまいます。

ジェイクは足が不自由だったことから、足=自我と考えるならば、地球上にはそういった余分な感情・しがらみなど、まとわりつくものが多いということでしょうか。パンドラという惑星がアセンション先なら、そういったものから開放されることを意味しているのかもしれません。
ジェイクの上官将校は、「ナヴィとなって生活し、スパイとして情報を報告すること」を求め、褒章として「新しい足」を与えることを約束していました。これは「名声・権力」にも通じることかもしれません。しかし、ナヴィとして生活していると「新しい足」は必要なく、人間としての生活は次第に色あせていきます。

劇中でも、ナヴィたちが人間を「頭が一杯で何も入らない」といっています。これは「頭の先がいい人」のことでしょう。知識を詰め込んでも、それを知恵に変換することができない・・・頭でっかちになっているのだと思います。

ナヴィたちが持つ、自然を愛し、敬い、日々の生活を大切にする心・・・それさえあれば、人間だって生きていけるのだと思います。現代人は、それをすべて忘れてしまっています。
本当に大切なものを忘れ、余計な知識を詰め込むことを良しとする現代は、地球にとっても人間にとっても、本来の姿から大きくずれてしまっているように思います。

ジェイクがナヴィとして生活している間はすべてが新鮮で、驚きに満ちた、何よりも「生」を感じる瞬間ばかりだったと思います。人間というものは「生きている実感」を得ることが目的なのかもしれません。
人間として目覚めたときは機械・無機質なものに囲まれ灰色の画面、ナヴィとして生きるときには生命力にあふれた植物や動物に囲まれ原色の画面・・・。対照的な映し方がジェイクの心をあらわしていました。

そして、人間って本当に自分達が一番優れているものだと思っているんだなー・・・とも思いました。
大勢を引き連れてパンドラにのりこんできた人間達の中に、ナヴィ達を理解し、尊重し、共に生きようとする人たちの数の少ないこと!!
それほど人間の心の次元が低いのだ・・・ということなのでしょう。
異種存在に対し、自分達の思考・行動のほうが勝っているとなぜいえるのか・・・まず、ここを改めるべきですね。私達人間は、知らないことのほうが多いのですから、それを勘違いしてはいけないのです。

最後に、地球人たちのほうがナヴィに追い出されていましたが、もしかすると・・・「アセンション切符」を手に入れることができた人でも、何も学ばず、自分の思考・生活・心を変えようとしない人々は強制的にもとの場所に戻り、初めから勉強しなおすことになりますよ・・・という警告なのかもしれませんね^^;

兄が事故死したために、ジェイクの元にやってきたチャンス。ジェイクは3回ある試験に見事に合格した人間・・・人間の肉体を捨て、心のしがらみを捨て、本来の魂の光を取り戻した人間・・・だったのかもしれません。




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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2010/01/25(月) 23:55:45|
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  3. | コメント:0
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