BLUE-MOON RAY

石の話と、映画の感想を少し。


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2012

今日はパンドラさんでも話題になっている「2012」を見てきました。
ネタばれ含みますので、ご注意。
「2012年に地球が滅びる」ことを題材にしている映画です。

2010年に、インドの科学者が地球史上最大の太陽フレアによって大きな地殻変動が起きることを予測したことから物語が始まります。

ちょっと辛口な感想になりますので、気分を悪くされたらごめんなさい。

科学的な根拠に基づく津波・地震・噴火などのCGは本当に圧倒的です。これほど忠実に再現できるハリウッドはさすがだと思いました。
物語の軸となる主人公たちのさまざまな葛藤・奮闘・生き延びるための本能など、人間のさまざまな様子もリアルに描かれていたとは思いましたが、なにぶん「薄い」・・・。

アメリカ人はそれほど単純な人種なんだろうとも思いますが、まず、地球上を覆い尽くすような巨大津波に巨大な戦艦で打ち勝てるとは思えない・・・。人間が作り出したものなんて、自然の前にはほとんど無力だと思うのです。
「それを言っちゃうと映画にならないじゃん・・・」というのはわかるんですが、その力で地球を痛めつけてその結果、最後まで科学の力に頼ろうとする人間の浅はかな知恵・・・物質主義もここまで行けば立派なモンです。

そして、生き延びるための「ノアの箱舟」に乗船できるのもお金持ち・権力者・有能な人間。劇中のアメリカではそうなっていました。現実に同じようなことが起こるとしてもそんな感じになりそうですが、私としては911のときのようにプラチナチケットを譲ってくれるような人が現れて欲しかった。主人公が書いた本の中に「自分を犠牲にすることで他人を助ける」というような表現はありましたが、それは主人公のヒーロー的な場面を作り出すための序章でしかなかったと思うのです。
本当はもっと深い意味がある言葉だと思うのに、それを掘り下げていなかったし。

エメリッヒ監督がそういったことすべてを皮肉って表現しているのかもしれないですが、この世界に住む人間はそれほどまでに感覚が地に落ちているのでしょうか?
アメリカ人は軽い正義感と誇りで、地球上の脅威から人間を守ることができる!!なんて思っているのでしょうかね?

「地球滅亡」という言葉は、そんなに単純なものではないと思うのです。
人間が地球に行ってきた事がめぐる「カルマ」的なものもあると思うし、地球が行う「セルフヒーリング」かもしれない。私たち人間はその作用に打ち勝つことが必要なのではなくて、受け入れていくことが必要なのでは?と思うのです。

そして、結局最後に生き残れるのは乗船した人々でした。
どうせなら「ノアの箱舟」が沈んじゃえばいいのに、などと何度か思っていましたが、生き残るには3次元的な特別な能力が必要になってくる・・・というエンディングになってしまっていて、その人たちのために船を作ったり、目に見えない形で地球を救おうとしていた、本当の良識ある人々が抹殺されてしまっていることが一番残念でした。

主人公たちが乗った「ノアの箱舟」はフェイクで、神様が創った「本当のノアの箱舟」によって、その人々は救われたんだといいな、と映画の先を思ったり・・・。

映画はそこで終わりますが、大切なのは「その後をどう過ごすか」だと思うのです。
膨大な犠牲の上に成り立つ生存者たちの「生」は、美しい魂でなくてはならない。犠牲になった人々に恥じないよう精一杯魂を磨いて、その後に続く人間ために道を示さなければならない。
そういう意味で、選ばれた人々であることを願います。



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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2009/12/03(木) 23:00:07|
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