BLUE-MOON RAY

石の話と、映画の感想を少し。


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薔薇の名前

本日は「薔薇の名前」の感想です。
とりあえず、1ヶ月更新ナシでごめんなさい^^;;


ifさんから借りているものです。
高名な寺院で人が殺される事件があり、それを解決するために呼ばれた修道士のお話。

時代が中世で寺院・・・ということもあり、かなり閉鎖的な空間で起こる殺人事件は、事件ではなく「神の裁き」と捉えられてしまう危うさがある。そこで呼ばれたのが、主人公である修道士。彼は弟子も連れていて、その弟子とともに事件を解決するために調査を開始する。

この映画を見て、僧侶や寺院に対する考え方が相当変わった。
私の場合、言葉だけでなんとなーく憧れを感じてしまうが、こうやって映画を見てしまうとそれがいかに妄想に過ぎないものだったのかを思い知らされた感じだ。
神の名を語りながら、位が高くなるほどその地位・名誉・権力にしがみつこうとする。時代背景もかかわってくるが、この時代の階級制度は厳しくて、奴隷は人間扱いされていなかった。人間は常に平等・・・なんていっておきながら、神に仕えているはずのものが真っ先にその教えにそむいている。

信仰というものは、行き過ぎるとただの陶酔に繋がる。もちろん、純粋に神に仕えるべく精進している人もいるとは思うけど、実際はやはり人間。ちょっとした誘惑や欲望に惑わされやすい。そして、ストイックに神に仕えていると、どこかで無理が出てきたりする。
なので、この物語の主人公のように、常に「冷静に」「理性的に」「傍観しながら」物事を見極める力が必要になってくる。

この映画って、主人公が別のところから来て、理性的に寺院の中を見ていることによって、見ている私たちが「いかに寺院の中が特殊な空間であるか」ということを感じれるようになっているのだ。

そして、事件の背景に「秘密の本」の存在があることを知った主人公。実は、寺院の中には膨大な数の本がしまわれている書庫があるのだが、その中が迷路のように入り組んでいて、なんとなく人間の潜在意識をあらわしているようにも見える。「秘密の本」はその中の一番中枢に隠されていて、殺人事件は本を守るために起こっていたのだ。

そして、秘密の本にたどり着くと同時に、罪のない身分の低い少女が「魔女」と言われ火あぶりの刑に処されることになる。(が、雨が降り、少女は救出される)しかし、それがきっかけとなり、今まで人間扱いされなかった人々が寺院に反旗を翻す。

本物の神様はちゃんと見ていて、名ばかりの信仰心をもつ僧侶たちではなく、素直に神の存在を信じる身分の低いものたちを助けるのだった。それってまさに「グレンがきた」と言うことなのかもしれない。

首謀者によって書庫は燃え寺院も燃えてしまうのですが、それによって秘密にされていた書庫の存在が明らかになる。潜在意識を表に出すことが重要だ・・・と暗に表しているのかもしれない。
主人公は、いくつかの貴重な本を持ち出し、また新たに旅に出る。
人は成長していくものだから、常に自己探求を続け、旅をするのだ・・・と言うように。

思い返すと、暗にアセンションをイメージさせるようなストーリだ。この監督が意図するとこかどうかはわからないけど・・・。どんな時代だって、かわらない不滅のテーマなのかもしれない。
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テーマ:DVD - ジャンル:映画

  1. 2009/03/02(月) 02:26:51|
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